2011年7月26日火曜日

ガルデルとラサーノとの出合い(2 )

"エル・モローチョ”ことガルデル


その事はアバスト市場の真裏近くで起きた。

グァルディアビエハ通りのある家にジヘーナ氏と称する人が住んでいた。
ペジェセールがジヘーナ氏に話をつけて,という事で...
確かに,大ピアニストの様に記憶されているその人に。
家主の上品な招待により,もう出来事は当然の関心の的とはいえ,
秘密は暴露されては居なかった。

あの夜,市場の裏の通りに面した二つの大きな窓の在る下階の大ホールには,大体30人ほどの人達がたむろして居た。そこへラサーノは友人ペジェセールと共に到着した。ジヘーナ氏が出迎え,彼の友人に道を整えさせる功績の執拗な依頼と会合の打算により,引き起こした幾らかの混乱と共に。エル・オリエンタルは丁寧に挨拶しながら,ホールの真中に出た。その時,黒服と蝶ネクタイ,エナメル靴,中分け髪の愛嬌ある容貌の“太目”の若者が彼の前に来るのを見た。ロサーノは“エル・モローチョ”の発散させる好感を一瞥して出向かえた。
その時,ジヘーナ氏が二人を紹介した;
こちらが,-カルロス・ガルデル-,彼が,-ホセ・ラサーノ-,
二人は不信も無く暖かい握手をした。
貴方は歌が旨いそうですね。-―エル・モローチョが言う--。
-その通り-。エル・オリエンタルは控えめに応えたが。
しかし,彼の頭の中はまっしろ...。
ガルデルは応えない。
-明かな褒め言葉へ感謝の頭をかしげて。
貴方と一緒に歌えるなら大変嬉しく思う,とロサーノは言い添える。
そう,俺も同感,友よとガルデルも答えた...。
もう,事実上の不可侵条約を確固したもの同然。
ロサーノが望んでいた頭を下げる扱いで無く,
明白な評判の二人の若僧が“五分五分”で歌うという事は,
かの突然に手に入れた試合の様相だ。
招待客達と着いたばかりの客の間に,
お決まりの披露のリキュール類が宴会の集まりに,
ひと回りして輪が和み増した。
ガルデルはジンを一杯引っかけ。
ロサーノもコニャク一杯。
そして,彼はギターと,
ある婦人客の腰に手をかけて,輪の中心に登場。
客達に向かい生粋のクリォージョ風の丁重さでロサーノは乾杯した。
彼が調弦する...教会の様な静けさが漂い。
そして,テノールの澄んだ声がシフラの耳に快い唄にする。

Entre colores de grana/深紅色がかり
rey del espacio celeste/空色のあいだの王様
el sol se asoma en el este/東方にのぞく太陽
con majesstad soberana/きだかき君主

Ya la golondrina ufana/いまや,ほこらしげのツバメ 
emprende su aereo viaje/空の旅へとびだし
y a jugar con el oleaje/そして,大波に弄ぶ
bajo aquel cielo sin bruma/霧なきあの空の下
en lo blanco de su espuma/白きあわにて
tiende su negro plumaje/黒い羽衣をのばす.

ラサーノの歌が終わると,
満場一致の強い証に,突然全てが湧き上がる。
より寛大だったのはガルデル本人。
今度はエル・オリエンタルからギターを受け取り。
ひとかき鳴らし後に,
ガルデルは節つけて,
見事な声のバリトン(?)でエスティ-ロの詞節を歌う。

Anoche mientras dormia/昨夜の眠りのあいだ
de cansancio fatigada,/あえぎ疲れて
no se que sueno adorado/熱愛の夢かしらずして
paso por la mente mia;/わが濃裏をかすめ過ぎて 
sone que yo te veia/おまえに会った夢みる
y que vos me acariciabas,/そして,俺に抱きつくおまえさん
que muchos besos me dabas/素晴らしいキスを与えくれ
llenos de intenso carino/はげしい慈しみに満ち
y que otra vez como un nino/ふたたびのあか子の如きになる
llorando me despertaba/泣きあげの目覚め.

終わりの歌い音符で,ラサーノは挨拶の抱き合うために立ち上がる。
感激した幸運な参加者達の集会,筆舌に尽くせないほどでなく,
ブラボー!,いいぞー!,もっと歌え!,心からの感嘆と感嘆。
総勢で拍手の繰り返し,ギターとギターの受け渡し,
歌謡の行き来,酒とおしゃべり,夜明けが迫りつつ。
朝日の光,忘れ難きあの夜晩,二人の歌手達と,
クリォージョ・アートに奮闘する高貴な兄弟と.
同時にいとまを乞う,多少歩いた先で別れを告げる。
何処で会える?,ガルデルが問い出す。
ラサーノ答えて,決定的な運命の簡潔な流れ事と共に。
エントレ・リオスとモレーノの角,カフェ・デル・ペラードに居るよ。

注:{a}ペラードとは店主の“禿頭”のそのまま店名にしたらしい。

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