2010年4月10日土曜日

ガルデルの恋愛遍歴(5):映画“クエスタ・アバホ”の共演女優























モナ・マーリス(本名マリア・ロサ・カプデヴィジェ)、彼女の名声はアルゼンチンではガルデルと共演した映画“クエスタ・アバホ”が忘れられない。ハンフリー・ボガット、キャリー・ガラン、ビクター・マック・レグラン、ジャネット・マック・ドナールドなど他多数の有名なハリゥド映画俳優女優と共演。カルロス・ガルデルの人生最後時期の立会人、共存者あるいは彼と愛を分かちあった仲と噂された人物。此処で彼女の証言は非常に重要でカルロス・ガルデルの知らざれる彼の人格が浮き彫りにされている。

(*)以下はペドロ・ウズキサ氏のモナ・マーリスとのインタビューによる:
『私は祖母と伯母に養育され、母は私の4歳の時に死んだと嘘に騙されつつ厳格に教育されて、25歳になりある多少名声のあるイギリス界の人物と結婚する事になり、そこで人通りの戸籍書類が必要になり洗礼書を取寄せた所で私生児と知り、なんとショック、想像してよ!長い間強い悲しみを隠し複雑な劣等感をもたらしたわ、そして、その約束を理由も説明せずに逃出す他に手も無く、何故かってそんな書類を恥ずかしくて出せますか。それが私の人生最良時期を破滅させられた思い、知りあつた殿方が私に恋し結婚したい希望でも私のヒステリーに関係の終末、誰もその原因をも理解せず、私にとつては本当の理由を説明するのが屈辱だった。なぜか私自身の非常なラテンメンタリーティーを自身に偏見を充満押し付けて、誰とも話さず長い間背負いたどり通した』

=貴方はなんと万人に愛された人でしょう、多くの栄光を勝ち得た女性としての理由は?=
『決局のところ紳士方に愛される秘密なぞありません、私が他の女性たちのように沢山の恋する男に恵まれたかって、とんでもありません。ただし、若い頃は美貌に恵まれ、そして、稀に見る魅惑持ちだった事ね。フランス人とスペイン人との混血からくるラテン系でロマンチック、あの気性事情ね。私の生活範囲のイギリス、米国人たち紳士方は気が狂うほど魅力の虜。そして、まつたくの惚れぽい、官能的体質、直情的と来てるし、今、思い出すけど私はなんと“嫉妬深く、独占欲強し、用心深き”神様、許して!』

=貴女はより特異的な男殺しの名に挙げられる、宿命的女性?=
『スクーリンではその役に執着したし、一度演技に専念すると止められない、今より昔は宿命的女性役はより魅力的なのは本当。しかしながら、今節の何れかの若い女性達は恐ろしく破壊的』

=映画の中で貴方自身を演技した?=
『いいえ、全然無しね、思い出すけど、最初の頃はメキシコ娘役、私はいつもメキシコ音楽に魅了されていたから、その役と同一視されたのよ。そして、後ほど宿命的な女役を演じる時になり、なるべく控えめに振る間わったけど。他人はその反対の意見だけれども、私としては何時も普遍の女だった。』
=優美な動作、歩き方、魅了な微笑を誰に手ほどきされたのですか?貴女のそれらの魅惑は生まれつき身についた自然の仕草ですか?=
『それは独習と呼ばれる事ね、そして、後で磨きをかけたし、でも、私正直いつてごく自然に振舞う努力したわ』
=貴女は愛に征服去れた、それとも彼等達が失った事?=
『何時も二人のお互い様ね、少女の頃から円熟した紳士方達が好きだったわ。たぶん何時もとても孤独でいたし、夫、父、愛人、息子それら全部を男に要求したのね』

=そんなに大きな激情を刺激させれたのは貴女の孤独が影響した?=
『いいえ、初めにもたらしたのは私の肉体、私とても官能的な一人の女、最終的に自分の性格に惚れ込んだため、男性から恋され、拒否などしていないわ』

=男性の肉体に引き付けられるのはどんなところ?=
『間違いなく瞳ね、瞳は性格の細かいところまで見抜けるから』

=貴女はロマンチック、、、=
『いいわ、初めに瞳、しかし、あとは残りの肉体、そう、私、美しい肉体していたから、でも、多くの女性は美しい肉体をしているでしよう』

=貴女は数回心を燃やした上ににも過からわらず、結婚されたのは年長時期になつてでしょう。そして、10年の交際の上に離婚した。婚姻で得た経験は?=
『私の夫はオランダ人、工業技師だった。彼は教養高い聡明な男、しかし、欠陥者、アルコール中毒者、オランダにおいてそれは重大な事態でなく、結論としては苦悩せず酒をたしなめられる。何故かというと90%が冬の季節のため。私たちは暖かい地方に住んでいので別のスタイルをもたらす。この中毒は過大に苦しみを与え、私は彼に従い続けていたが、時が立つほど愛をも破壊する始末になる。私の彼に対する親密な興味を壊した。我々の間には暴力行為はなく、しかし、彼は一端飲むと幾多の遇行をした。後になり後悔し許しを請い、再び元に戻り初めからやり直し、それは耐え難い。10年間我慢したがある日もうこれで十分と言い渡したわ』

=その影響でも結婚生活信じます?=
『勿論!しっかりとそれを信じます。そして、離婚もまた同様にね、女一人結婚を考える時真剣に成るでしょう。しかし、思う道理に成らないものね、そうしたら二人の共同生活は成り立ちません、正直に立ち向かうなら、離れるに越した事以外にないしお互いにやり直すべきでしょう』

=何故、お子さんを授けなかったのですか?=
『結婚したときすでに40歳、何時も子供が授かる望みは捨ててはいなかったけれど、絶体に老後は考慮しませんでした』

=貴女は何時も豪華な営み囲まれているがどの手段でお金を調達してきたのですか=
『私自身の仕事の報酬、第二次世界大戦時は低い、高いの報酬の稼ぎ、北米国家は私の稼ぎの70%も取り上げたわ。その報酬を貴金属を買い捲るのに用立て投資をしたわ、その投資が裕福に不景気時期を無事に乗り越した訳』

=貴女の伴侶は経済的援助しなかったのですか?=
『いいえ、北米では特別なモラルがあり、男が愛人を持つとそれぞれ互いに生活維持し、その経済維持も互いに個人で賄う掟、勿論、贈り物は受けるわ、誕生日、何かの記念日の宝石、でも、扶養してくれたのは唯一人の男、分かれた昔の亭主だけ』

=長年外国に住んで、何故アルゼンチンに帰国?=
『幼少の頃、フランスに住んだ頃、私の祖母が祖国のことを話してくれたわ、そこで将来成長したら此処生まれた場所に来ることを夢見たの、ガルデルと“クエスタ・アバホ”に出演した時、彼はアルゼンチンの一粒を語り、そう一握りのアルゼンチン、最終的に決心した事を果たしたわ、そして、今、私はここにいる』

=貴女の今の日常生活の日程は?=
『日課は何もありません、本当にどうして時が過ぎていくのでしょう』

=“クエスタ・アバホ”の共演者に選ばれた経緯は?=
『電話で!非常に奇妙な方法、私はカルホルニャに居たの、パラマントが妖婦と純情役のラテン・タイプ女優を探しているのを知っていたけど、まさか自分に電話があるとは思わない出来事ね、候補者はロシータ・モレーノ、ラケール・トーレスと私。私はハンラン・トンプソン監督の“エル・テンプロ・デ・ラス・エルモサス”にキャリー・ガラントと共演撮影が終わったばかりの時、トーキー初期時代で美声を重視される条件。ゲスニー監督、アルフレッド・レ・ペラ及びカルロス・ガルデル自身がニューヨークのパラマント・スタジオから電話リハーサル、多分私達の反応を試すためにガルデルはポルテニョ・タイプのアクセントを逸そう強調して話したわ。彼を知ったのは共演女優に選ばれた時、以前には全たくの未知の人』

=二つの役付けはどんなタイプ?=
『妖婦、お馬鹿さん娘役から始め、直ぐに妖婦役が二重に興味深い事に気ずくの。唯理解出来なかったのはその時点で何故共演者に選ばれたかの理由。アルゼンチン訛は全然ないし、4歳くらいの時にフランス、ピレネーに住むお祖母ちゃんの所へ行き、本来の言語を失うも同然になって、ロス・アンジェレスでメキヒコ人達と接する事で母国語を回復したわ』

=撮影はどの位に及ぶ?= 5週間と少しね

=あの時期に知り会ったガルデルはどんな印象の人?=
『魅力的で最良のセンス人、彼自身の高く円熟した知性と洗練さを習慣の手中に入れていた。しかし、消してそれらの所為で彼自身の天真爛漫の性格を失う事無く、当時まず初めの仕事は同僚達と非常に協力的かつ、名声容姿にそぐわぬ例外的に誰彼とも並外れた誠実さで接したわ。俳優としての多くの困難、特に手の動作に悩みを自覚して決して恥じらい無く告白し、多大に俳役に心酔した。彼はきつとビング・グロスビー、フランク・シナトラ達の様に優秀な俳優になれたでしょう。彼らも歌手として卓越した演唱家だった上に映画俳優として成功した課のようにね』

=彼に最後の出会いは?=
『1934年8月、ニューヨーク。ある夜の晩餐、“クエスタ・アバホ”の撮影が終わった後の日、共に撮影を続け、電話連絡する約束。私はロスアンジェレスに戻り、後にヨーロッパヘある朝ロンドンのサボイ・ホテルに居た時にガルデルの崇拝者で支配人のサンタレジィ氏が事故死ニュースを齎し、挙句に一ヵ月ほど悲しみのどん底に突き落とされ危険な反動に誘われる嵌めに、、、』

=もし、あの不幸の事実が無ければ、貴方はガルデルの最愛の人に変わる事になつたでしょうか?
『その可能性は随分思素ね、確かに彼の人格に大いに魅了されたし、又彼も同様、私にインパクトを受けたようね。私達共通の運命の落とし子であり、二人とも父を知らずに成長したし、充分にそのテーマを話し込んだ上に、我々二人の間にとても独特な疎通方法を成し遂げたと思うし、我々ニューヨークに途止まれていればきっと共通の魅惑で愛に変わる可能性無きも非ずと思ったわ』

=ガルデルの何処が最も印象ずけられたでしょうか?=
『彼は暖かく心の広い人、高潔の持ち主、通常外の魅了の男、そして非常に内気ね、特に女性達に対してのあの内気な彼特有な交際の仕方』

=ガルデルの私生活上の一齣未知の部分、女性関係を明確にすると、、、ある伝記家によると彼の男っぽさを疑うが、、、?=
『いえ、けしてそんな様な性格ではないし、女性達に追い掛け回されながらも、彼女達に非常に敬意的で愛に関して絶体に攻撃的では無いし、ガルデルは真の男。しっかり留めるに値するほど充分理解し会ったわ』

=貴女はガルデル、伝説と思う?=
『いいえ、彼は実存し、継続その儘、庶民の歌魂を誰由りも完璧に唱演し、人々は彼を引き続き受け入れている』
 *モナ・マーリスはブエノス・アイレスに1906年11月7日生まれ、フランス育ち、ロスアンジェレス、ニューヨーク、ヨーロッパに滞在、映画界に活躍後老後ブエノス・アイレスに住む。1991年3月23日、ブエノス・アイレスに没。1988年1月15日、インタビユー:エナムエル誌及び、その前後のガルデル追悼番組ラジオ放送録音より。録音当時の彼女の声は独特なアクセントで若々しく、とても80歳前後とは想像出来ないほど、以上のガルデルの思い出を清々しく語る。
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2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ボエミオさんへ

タンゴカブキです。インタビュー当時の声は聴けませんが、モナ・マリスの写真姿はTodotangoで見れました。キリリとしていて一種の気品さえ感じられなかなかのものですね。

El Bohemio さんのコメント...

タンゴカブキさん、何時も当ブログ訪問ありがとう。ボゴタのラヂオ“カラコル”FM放送でガルデル50年追悼番組にモナ・マーリスの肉声が聞けますが、魅力的な声でガルデル賛美を語るのが聴こえます。兎も角、魅力的な女性ですね。